もちろん、携帯はオレにとって必要であり、便利で無くてはならないものだ。
でも、煩わしいのだ。
オレが携帯を持ち始めたのは比較的早く、14年ほど前。まだ世の中の半分以上の人が携帯なんて持っていなかったころだ。
当時の携帯は、メール機能なんてついておらず、アドレスリストも番号と名前が登録できるだけ。しかも名前はカタカナのみの登録だった。
それでも、それはオレの生活をものすごく便利なものにしてくれた。
なぜなら、そこそこの町ならばどこにいても、電話がつながるのだから。
実際問題、携帯の出現以来、我々の生活は格段に便利になったと思う。
しかし、その「便利さ」について最近疑問に思うことがある。
「こんなに便利に、効率的になったはずなのに、何だか余計に忙しく感じてしまうのは何故なのだろう・・・?」
良く考えてみると、それは当り前の話だった。
携帯を持ち歩くと、どこでも連絡がとれてしまう。
ということは、それまであきらめていた連絡までとれてしまうということ。
例えば、それまでは「もう夜だから連絡したら家族に迷惑がかかるだろう。」とか「外に出ていてつかまらない。」とか、そういう理由で「仕方ないね」とあきらめられることがあったし、また連絡する側も、そういう理由を「仕方がない」と受け入れられる心の余裕あった。
しかし、携帯を皆が持っている今はそうはいかない。
結果的に「(お客様への)サービス」という面では格段に向上したのだろう。
仕事の質は上がったのかもしれない。
友達とのコミュニケーションもしやすくなっただろう。
プライベートでも便利になったことは数え切れないほどある。
しかし、いままで「しょうがないですね。」とあきらめることができたことがあきらめられなくなり、その結果、我々の生活をより忙しくしてしてしまったとも言えるのではないだろうか。
オレは思う。
仕事の質は確かに上がったかもしれない。
便利にもなった。
ただ、それで我々の「幸せの質」は本当に上がったのだろうか?
(つづく)
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